カテゴリー「10年間保証」の記事

変わらないね

いつもありがとうございます。塾長です。

7年前に高校受験をしたのが、当教室の1期生。

今は大学4年生になっています。

その代の卒業生の中には、既に幼稚園の先生として頑張っている人、子育てを頑張っている人もいますが、殆どは来年度から新社会人となる予定です。

昨日、その中の一人が、内定の報告に来ました。

IT企業でSEとして働くそうです。

その生徒とも多くの思い出があるのですが、彼女の話で最も印象に残っているのは、「中3の冬、受験勉強で辛くても頑張ったから、その後の困難も乗り越えられた。」という内容です。

第1志望とする公立高校は、彼女の成績では届かない所にありました。

当然、冬期講習での課題も多く、それなりの覚悟で臨むかどうか、三者面談では終わらず、後日また母子で教室に来て話し合ったことを覚えています。

彼女は親に負担を掛けたくない(講習費用などの面で)、しかしお母さんが、「この子が本当に○○高校に行きたい、そのために頑張ると言うのなら、私たち親は応援します。」と言った時、彼女の目からは涙があふれていました。

私は、「将来立派な社会人になって、親孝行をすればいい。そのために今やらなければならないことは、親に気を遣うことではなく、目標に向かって努力することでしょ。」と話しました。

結果的に彼女は、見事第一志望校に合格しました。

その後も、高校生活では勉強以外にもアルバイトの面接対策、大学入試の進路指導など、色々と関わっていました。

大学入学後も、履修やレポート作成指導(もしかしたら違う卒業生だったかな)、4年生になってからは就活について相談に乗ったこともあります。

途中、お父様が亡くなられたり、挫折もありましたが、彼女にとっての「中3の冬」と、お母様が、支えになってここまでこれたようです。

私はお地蔵さんのように、教室という場所で待っているだけで、彼女が苦しい、助けが必要だと教室に寄った時だけでも、少しでも役に立てたのなら良かったです。

私の掲げる『卒業生10年間保証制度』は、彼女からすればあと3年ですが、実際は、一生付き合っていくつもりです。

それが、教室を頼ってくれたことに対する、私ができる卒業生たちへの恩返しだからです。

昨日送り出す時には、私の決め台詞を言っておきました。

「次は結婚式に呼んでくれ。感動のスピーチをするからさ。」

かっこつけておいて泣きそうになる私の前には、7年前と全く変わらぬ笑顔から、また泣きそうになる卒業生M子が目の前にいました。

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10年保証の軌跡2013.5

今日もありがとうございます。塾長です。

ついに初めての偉業達成!

昨日自習室を利用した14人全員が高校生だったのです。

開校7年目にして初の「卒業生で埋め尽くされた自習室」を達成しました。

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しかし意欲がありすぎる高校生たちのため質問が絶えず、自習室監督の講師だけでは足りなくなりその他の講師も入れ替わり立ち代わりの援護射撃でした。

授業をとっている塾生も数名いましたが、高1から高3まで殆どが卒業生、これぞ「ザ・10年保証」といった感じでした。

教室がタイムスリップして、2・3年前に戻ったような気もしましたが、それぞれの顔つきは中学生の時と違い、発言もしっかりしてきて、やはりあの頃とは違うのだと実感しました。

但し、「相変わらずだな。」と突っ込みたくなるような会話も多く、いつまで経っても彼らへのお説教は減りそうにないです(笑)。

地域の中学校の中間テストが終わり、高校生のテスト期間となったとはいえ、まだ来週にテストを控えている中学校もあります。

その中学校の生徒が一人も来なかったことは遺憾ではありますが、卒業生たちの成長ぶりが見られたということで気分が良いので、今回はお咎めなしとしましょう。

その、来週中間テストがある中学校及び高校生を対象にしたテスト対策補講を、今日と明日行います。

テストが終わった塾生たちには全国模試を受けてもらいます。

狭い教室なので、スペースを調整しながらの一日となりそうですが、担当の先生たちも多めに来てくれるので、皆で協力し合って頑張っていきましょう。

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感動物語 10年保証途中経過その2

いつもありがとうございます。塾長です。

今日の話、長いですがハンカチを用意してお付き合い下さい(笑)。

Y先生は、当教室の卒業生です。

公立高校入試の時、前期では不合格となりました。

それでも、行きたい高校に向けて、毎日授業そして自習室と必死で勉強していました。

寡黙な男ですが、部活動でも勉強でも、一生懸命に取り組む姿が印象的でした。

先に前期で同じ高校に合格した塾生が、自習室ではずっとY先生の隣で、励ましながら勉強をしていたこともよく覚えています。

努力の甲斐あって地域のトップ校に入学し、卒業しても時折自習室に来ていたのですが、一般入試で某有名大学に合格し、この春から講師として勤めています。

学力は、当時の講師も保証していますし、入った大学の偏差値からもかなりのレベルですが、寡黙な男ですから、生徒とのコミュニケーションなど、鍛えなければいけないことも多いと思っていました。

研修期間は最短でも2ヶ月、当教室ではそう簡単に正規の講師にはなれません。

研修中に挫折する人も多々います。

それほど厳しく育てなければ、通ってくれている塾生そして保護者様に申し訳が立ちません。

確かにアルバイトではありますが、命を懸けて教室を運営している私からしてみれば、バイト気分で生徒に接してもらっては困るのです。

結果として早稲田育英ゼミナールを代表する教室となっているわけですが、全ては講師たちが、後輩の講師を育て、授業の質、教室の質を保ってくれているからです。

件のY先生も例外ではなく、元塾生であろうと、今通っている塾生を最高の状態に育てるスキルを身につけられなければなりません。

私がよく卒業生は、10年間は面倒を見ますよ。と言っていますが、こうして卒業生を雇って、「仕事の厳しさ、質の高い仕事ができるようになること」を教えていくのも、10年保証の一環だと思っています。

さてY先生、研修をしてみて、寡黙な塾生だったはずが、仕事で生徒に接すると、生徒とコミュニケーションをとることが非常に上手だと驚きました。

彼曰く、「昔、この教室で先生に教わったこと、されて嬉しかった事を念頭に置いて、生徒と接している」とか。

いや、さすがだと感心しました。

私は常日頃、勉強以外のことも教えていたつもりですが、彼は彼なりに、勉強以外のことも、この教室で学んでいたのですね。

先日授業後に授業記録を書いていた講師たちが一斉に「おおっ。」と驚きの声をあげました。

何事かと尋ねると、Y先生が先日、生まれて初めて自分で稼いだ給料を、何に遣ったのかという話題になり、その答えが、「母に1万円を渡しました。」だったのです。

感激しましたね。

彼だからかもしれませんが、勉強だけではなく人生を教えてきた私たちにとって、大学生になったばかりの青年がとったこの行動、いやあ、塾をやっていてよかった。

本当に良い講師や生徒に恵まれたと、つくづく思いました。

これから4年間をかけて、彼を立派な大学生そして立派な講師に育てていこうと思います。

その下地は十分にあります。

何と言ってもうちの卒業生ですからね。

そしてその時、私はY先生に「25歳になったら結婚しろよ。その結婚式で俺がスピーチをして、そこで○○(講師の下の名前)に対する俺の10年保証は終わりだから。かっこいいだろ。予定通り頼むぞ。」と言っておきました。

私が無理難題をふっかけるのは昔からのことなので、Y先生はただうなずくしかありませんでした(パワハラ?)。

実はこの話には後日談があります。

ここからは私自身がもう涙でした。

昨日のことですが、Y先生のお母様と妹(塾生)が、教室に挨拶にいらっしゃいました。

色々とお話ししたのですが、その初めての給料の話になった時のやりとりです。

私「○○(講師名)、お母さんに初めての給料をあげたんですってね。本当に素晴らしい心の持ち主ですね。」

母「本当にびっくりしました。感激しました。」

私「しかし、彼の今回の給料はそんなに多くないのに、その中から1万円をご両親に渡すなんて、他の講師たちから冷やかされていましたよ(笑)。」

母「それが、○○は2万円をくれようとしたんですよ。」

私「えええーーー。それじゃあ、稼いだお金を自分のことに使えないじゃないですか。」

母「もうね。私も、ただでさえ息子が、初めて頂いたお給料を渡してくれたことに驚いたんですが、稼いだ殆どをくれようとしたので、そんなにいいわよ、額じゃなくて、その気持ちがありがたいんだから、と1万円だけ預かったんです。」

私:ハンカチがないのでティッシュを準備。

母「塾長さんが気を遣って下さって、新札を下さったじゃないですか。もうね。この1万円札は、私たち親の宝物として、一生とっておこうと思います。塾長さん、本当に、開校した時にこの塾に子どもたちを預けて良かったです。」

私「いやいや、預かったお子さんが立派な社会人になるまでは、どんなことがあっても我々が守るというのが、この教室の使命だから、当然です。それより、開校して何の実績もない私の教室を信頼して下さり、お子様をお二人も、何年もお預け下さったことに感謝してもしきれません。・・・

私の話が長いので途中省略

・・・それより私が老人になったら、卒業生皆で面倒みてくれますかね。」

同席したY先生の妹(塾生)「塾長は、、、だけど●●ちゃん(私の息子)の勉強だったら私が面倒みますよ。」

母「これからもよろしくお願いします。」

私「ありがとうございます。」

みたいな内容です。

とにかく感動。

それと、私がスタッフへの給料でなるべく新札を渡していることを、お母様がすぐ気付いたことも驚きでした。

長くなったので、新札の理由については今度書きます。

とにかく、私が6年前に学習塾を開校した結果が、少しずつ出始めていることに感謝です。

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10年保証の途中経過その1

今日もありがとうございます。塾長です。

三者面談中に、大学の入学式を終えた卒業生が、スーツ姿で教室に入って来ました。

初めてのスーツで少し照れていましたが、見るからに大人になったような気がしないでもありません。

非常に問題児で、怒鳴りつけたり課題を手伝ったりしたことも、今となっては良い思い出です。

なんとなく嬉しくなり、意味もなく写メっておきました。

アルバイトは大型ショッピングセンターだそうです。

入学式に同伴したのでしょうか、お母様も顔を出してくれました。

課題に困ったらまた来るでしょう。

そのお母様と、たまたま三者面談をしていた保護者様が知り合いだったようで、「あなたもこの塾?」みたいな感じで驚いていました。

三者面談では、やる気がまだみられない新中3生に対し、10年後についての話をしました。

16歳の時、親を大切にしなかった私がその後どうなったかなど、受験というより人生についての話です。

また生徒を泣かせてしまいました(笑)。

開校時に高校2年生で、塾生のお姉さんとして自習室を利用していた社会人1年生。

大手の百貨店に就職できたのですが、入社式後にいきなり出された大量の課題をやりにきました。

入社2日目で早くも「辞めたい。」と言っていました。

そんな彼女に私が言った一言は、「世の中そんなに甘くねえよ。」

私が卒業生や関わった生徒に対して助けてあげられるのは、せいぜい社会人3年目くらいまで。

中学卒業から計算すると、10年後の25歳でしょうか。

でも、その年齢までは、私はどんなことをしてでも彼、彼女たちと関わり、助けていくつもりです。

これが私が言う「10年間保証」です。

入学式帰りの18歳、面談で涙を流した15歳、入社式で落ち込んだ22歳、どんなことがあっても私が守ります。

限界は1学年につき20名くらい。

そのために定員を設けています。

学力を上げる?

志望校に合格?

それだけでいいのでしょうか。

その先まで私はとことんつきあっていきたいですね。

そうでないと私がここに教室を開いた意味がありません。

結果を求めて塾を探す人たちは多いです。

確かに、学力上げてなんぼの世界です。

でも、私はこのやり方でいいんです。

だって講師たちが志望校合格や学力向上など、どこにも負けない結果を出してくれてますから。

私はこれからも、塾生たちの人生の担当です。

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