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母のipadと伯父の涙

今日もありがとうございます。塾長です。

母親から電話がありました。

母の日に贈った花のお礼の電話だったのですが、加えてちょっと驚く報告が。

「あんたがブログで頑張っているらしいと練馬の伯父さん(母の兄)から聞いたから、それを読もうと思ってipadを買った。」

というような内容だったと思います。

ipad買ってまで読むような内容ではないと言っておきましたが、複雑な心境です。

齢80になる伯父は、私の命の恩人で、今でも頭が上がりません。

高校中退して家出し、ホームレス同然の生活をして、もうこれ以上生きていけないという限界の時に、私を拾って、説教もせず、何も言わずに家においてくれたからです。

伯父の家にいる時も何もせず、結局従兄弟にボコボコになるまで殴られたのは、今となっては笑い話ですが、そのせいで結局また伯父の家も飛び出してしまいました。

私は自分の親戚が好きではありません。

小さい時からお調子者だった私は、優秀な兄とよく比較されることが多く、小さいながらに傷つくことが多かったです。

特に、兄が進学した埼玉県立川越高校に私が落ちて、滑り止めの立教高校(現在の立教新座高校)に入学したあたりから、格段に兄と差がついたと感じ、それ以降親戚の集まりには顔を出さなくなりました。

数年前、埼玉県内の大手進学塾に就職した元講師にその話をしたら、首をかしげて「立教のほうがカワタカ(川越高校)より偏差値高いはずですよ。」と言われたのを思い出し、今調べてみました。

確かに今は、川越高校偏差値69で、立教新座は71みたいですね。

しかし私の時代は立教のほうが遥かに入りやすかった記憶があります。

それはさておき、とにかく、「兄より優れた弟など存在しない」(北斗の拳:ケンシロウの兄ジャギのセリフ)と同じような親戚の中の雰囲気が、私を段々遠ざけるようになりました。

私の親戚嫌いを母も知っているのか、数年前のある親類のお通夜で母が、「あんた、○○さん(親戚)にちゃんと挨拶してらっしゃいよ。」と言われたほどです。

40歳過ぎて、会社を経営し、世間では塾長などと言われている男が、いくら嫌いだからとはいえ、まともに挨拶もできないとは、社会人としはどうなのかと、皆さんがっかりでしょうね(笑)。

そういう人間なんですよ、私は。

しかし、件の伯父だけは、私がどん底の状態にあっても、何とか助けようと手を差し伸べてくれ、私が医学部を受験した時も、開業した時も、偏見の目で見ることなく、常に応援してくれていました。

いまだに何の恩返しもしていませんが、昨日、母親へと同時に伯母に花を贈ったのが届き、久しぶりに電話で話をし、その時に、「ブログでいつも活躍を読んでいるよ。昔から、いつかは大物になると思って見守ってきたけど、本当に凄いじゃないか。諦めないで頑張って良かったな。」と電話口で涙しながら話してくれました。

心に熱いものがこみあげましたね。

さらに、私の息子の写真を、自分の孫の写真と並べて飾ってくれてあるらしく、それを毎日見ながら、「ここまで来られて良かった。」と思ってくれているそうです。

元お調子者の私は、「伯父さん、私の出世はこれからですよ。だからもう少し長生きしてみていて下さい、。私が頭打ちでも息子がきっとやってくれますから。」と、また余計な風呂敷を広げておきました(笑)

書いていて結局、私が昔どうしようもない人間だったということを暴露しただけですが、これを読んだ講師たちはきっと「塾長、今でもどうしようもないじゃないですか。」と突っ込んでくれると思います(笑)。

そうですね。昨日も書類は縦に積まないで横に並べたほうが・・・と突っ込まれたばかりですから(笑)。

で、結局何が言いたかったのかといいますと、これからは母親の検閲も受けるのかと、書きにくくなるなと、そういうことです。

しかし今の私は、過去の様々な経験を糧にして、信念を持って学習塾を経営し、信念を持って生きています。

書いて恥ずべきことなど何もないと、同じスタンスで続けていくつもりです。

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