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受験生という印籠

今日もありがとうございます。塾長です。

中学校のテスト期間ということで、自習する生徒の割合が、高校生よりも中学生が多くなってきました。

それでも門限などの関係から、どうしても高校生の方が、長時間自習室に滞在しています。

これは致し方のないことで、我々としましては、帰宅した中学生がしっかりと勉強しくれていることを祈っています。

祈るだけでは塾としての役目は果たしていないので、宿題などを課して強制的に勉強をしてもらっているのが実情です。

塾では先生にガミガミ言われ、家に帰ると親にガミガミ言われて、受験生たちも大変ですね。

しかし、実は見守っている周囲の人間のほうが、心の負担は大きいのですよ。

受験生は、一言で言うと「水戸黄門」のようなものです。

教室でも、第一志望校へ合格させてあげるにはどうしたらよいかを、本人がいない所で考え、本人には、飴と鞭を使ってご機嫌を伺いながら接し、とにかくサクラ咲くまで気を遣いっぱなしです。

よく、卒業生たちと、その生徒たちが受験生だった時のことを笑いながら話すのですが、やはり受験学年とそうでない学年では、普通に会話しているのでも、講師たちも気を遣っているのがわかります。

おそらく自宅でも、受験生という印籠を出せば、殆どのことが許されるのではないでしょうか。

保護者様も、何とか我が子を少しでも良い将来へ向かわせたいと思い、我慢をしていることも多いと、多くの方の話を聞いて思いました。

それらを考えると、受験生の周囲は、受験生に対して非常にナーバスになっている状態です。

もちろん、受験生本人が一番ナーバスになっているのかもしれませんが、志望校合格を目指している当人には、周囲のことはわからないと思います。

私も高校受験の時は、反抗期も重なり、かなり親に迷惑をかけたと思います。

実は高校受験よりその後の方が、遥かに迷惑を掛けてしまったのですが。

何かの機会に、親に、当時のことを振り返って、迷惑を掛けてしまったことを謝ったことがあります。

その時に親が言ったのは、「当時は辛かったけれども、自分の子どもが一人前になって、一人で生きていけるようになるまでは、どんなことがあっても耐えようと決めていた。」ということでした。

それを聞いて、親というのは、そこまで子どものことを考えてくれているのかと、感謝とともに、大きく心が痛みました。

今私も、子どもを持つ身になって思うのは、もし自分の子どもが受験などで、かつての自分と同じような状態になっても、子どもが一人前になるまでは、耐えて見守っていこうということです。

自分がかつて親にしたことは、子どもにされてもしょうがないと思っています。

逆に、親にかけてもらった愛情は、自分の子どもにかけてあげることが、親への最大の恩返しになると考え、そのように子どもに接していこうと思います。

印籠を持った受験生諸君、君たちが水戸黄門でいられるのは、周りに、助さんや格さんならぬ、保護者や先生などの協力者がいるからだということを、勉強の合間のちょっとした時間に思い出して下さいね。

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