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立教高校中退の理由2

おはようございます。いつもありがとうございます。塾長です。

昨日に続いて、私が高校を中退した理由について書きます。

第1の理由は、昨日の記事をお読み下さい。

第2の理由は、友人関係です。

誰でも高校に入学すれば、新しく友人ができると思います。

私の入学した私立立教高校は、同じ中学校からは私以外の入学者はいなかったので、ゼロからの友人作りとなりました。

中学校の時バンドをやっていた関係で、ジャズ研究会に入り、その仲間やクラスメイトと、次第に親しくなっていきました。

しかし、彼らと遊んだり話したりするうちに、どうも自分と話が合わないような気がしてきたのです。

今はわかりませんが、当時立教高校は、政財界人・スポーツ選手・俳優などの息子が多く通っていました。

一言で言うと、「おぼっちゃん」たちだったのです。

生徒の半分は、附属中学校から来た人たちでしたが、特に附属から来た生徒たちにその傾向は見られました。

私はそれまで、どちらかというと質素な家庭で育ったので、彼らの話題や遊びに全くついていけませんでした。

彼らは高校生でもお金をたくさん持っていて、遊びに行くなら、電車で30分以上かかる池袋まで行って遊ぶことが多かったです。

私は無理してそれに合わせていたのですが、やはり自分にはそういうおぼっちゃま的な生活は肌に合いませんでした。

まず、遊ぶお金を手に入れるために、アルバイトをたくさんしなければならないことが、辛かったです。

当時稼げたのは、神宮球場でプロ野球の試合中にコーラを売るアルバイトでした。

学校が終わると、部活に出ずに、2時間かけて神宮球場まで行き、コーラを売っていました。

帰りも11時過ぎになるので、体力のある高校生でも結構辛かったです。

何より、無理して友人につきあうために、こんなにきつい生活をするということが、果たして良いのかと、常に疑問を持っていました。

学校での話題も、当時流行していたブランド物など、私には縁遠い話ばかりでした。

一言で言うと、金持ちの子どもに囲まれた貧乏人の子どもといった感じで、非常に肩身の狭い思いで高校生活を送っていました。

ですから、受験で敗れ、勉強が嫌いになりつつあった私にとって立教高校は、全く楽しいことがない場所だったのです。

今でこそ、あの時もう少し我慢したり、考えを変えたりしていたらどうなっていたかと考えられる余裕がありますが、まだ15年しか生きていない少年にとって、そんな余裕はありませんでした。

バイクの免許をとった頃から、地元のバイク仲間と遊ぶようになり、いよいよ学校への執着はゼロに近づいていき、中退という結果となったのです。

立教高校時代の友人で、今もつきあいのある人は一人もいません。悲しいことですが、これが現実です。

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コメント

深いです!!せっかくの1度の人生・・・・・やはり思うように生きるのが僕は好いと思います。僕もそうだけど!!

投稿: 松屋 | 2010年9月12日 (日) 10時11分

>松屋さま

ありがとうございます。
失敗したと後悔したことでも、時間が経つと自分の糧になっていますね。
今では、自分の歩んできた人生に後悔していません。
一度きりの人生ですものね。

投稿: 塾長 | 2010年9月12日 (日) 21時51分

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